聖母廟の敷地は40ヘクタールに及び、廟殿の延べ床面積は2万坪余りに達します。建築様式は南北方向の四進(南向きで、前後に大門と3つの殿がある様式)で、両側は廂房の回廊で繋がり、屋根には瑠璃瓦の端飾りが連なっています。五王殿、媽祖殿、仏祖殿、大士殿、天公殿などの各殿は中央が何層か高くなっており、内部には8本の大きな赤い柱があり、大規模な現代寺院を形づくっています。周囲は堀に囲まれ、北京の紫禁城に似た建築様式で、寺院全体を見るとまるで古代の宮殿のような外観です。前例のない雄大な佇まいで、世界最大の建築規模を誇る媽祖廟として知られています。
廟内に祀られた鎮殿大媽と二媽は軟身媽祖(体が木の骨組で支えられている神像)で、人間とほぼ同じ背の高さで、全身に釘が1本も使用されておらず、早期中国の高度な木工技術である「ほぞ継ぎ」が用いられています。鎮殿大媽は髪を後ろで2つに結い分け、中央で一つに束ねて垂れ下げています。荘厳な神像を仰ぎ見ると、まるで聖母が生き生きとした微笑みを返してくれているかのようです。美術史家の鑑定により、明朝(1368~1644)頃に造られた神像であることが分かっています。
月下老人は男女の縁を結ぶ幸運の神「媒神」で、人々からは月老と呼ばれ、知らず知らずのうちに赤い糸を使って男女を結びつけ、良縁を結ぶと言われています。台南正統鹿耳門聖母廟の月老は非常に霊験あらたかで、ここで縁結びを祈願して結ばれた夫婦は2万組を超え、後殿の廊下の階段には結婚した夫婦たちが残した小さなカードが壁一面に掛けられています。
台南正統鹿耳門聖母廟は「土城香醮(刈香や割香とも呼ばれ、祖廟の神様に香火を分けてもらう儀式)」によって2013年に台南市政府から無形文化遺産に登録されています。また、土城香醮の陣頭に見られるムカデ型の蜈蚣陣は廟と地域の人々の結びつきを表す最も典型的な例として挙げられます。民間伝承によると、蜈蚣陣は厄や災いを払って地域の安全を守る法力があると考えられているため、蜈蚣陣の頭と尾は台南正統鹿耳門聖母廟の仏祖殿の神棚に供えられ、巡行の3日前になってから組み立てられます。一つの蜈蚣陣には36人が必要で、主に子供が参加し、衣装は各自で製作しなければならず、子供たちはお互いに衣装を見比べ合って楽しみます。衣装は回を重ねるごとに華やかになっており、青草里の蜈蚣陣の最大の特色となっています。
1831年、台南正統鹿耳門聖母廟のそばにある曽文渓が氾濫した際、当時の廟殿が洪水の被害に遭い、基礎が傾き、壁には亀裂が入りました。そこで、三郊公局と鹿耳門村の信徒は水害を鎮めて廟を守るために廟の広場に「箕水豹」の神碑を立て、祭渓儀式を執り行いました。「箕水豹」は道教の28星宿の一つ「箕宿」がもとになっており、水に属し、象徴する動物が豹であることから箕水豹と呼ばれています。箕水豹の石碑には道教の鎮水儀式の様子が反映されているとともに、古廟で起こった水害の歴史が記録されています。その後、廟が傾き倒れたことで石碑も地中に埋まっていましたが、1999年に鹿耳門聖母廟の古廟跡地の発掘が行われた際に石碑は再び日の目を見ることとなりました。石碑が出土した場所は台南正統鹿耳門聖母廟と鹿耳門天后宮の共同の発祥地でもあります。